2006年07月14日

水に沈む木。

水に沈む木があります。 それは「沈水香木」と呼ばれ、色は茶褐色から赤黒いもの、黄みを帯びて浅いもの、濃い黄土色、 尋常の木質色と樹脂色の斑模様などと、いろいろと種類があるらしいです。       
 

水中で沈んでしまうほどの比重を持つことから「沈水」と称され、加熱することで不可思議な芳香を 醸し出すために「香木」と呼ばれてきたそうです。 
  

今日では「沈香」として知られています。 東南アジアのかなり広い地域に分布するらしいですが、 
他の地域には絶対に見当たらないと聞いています。        

 
全く偶然の産物として自然条件が揃わないと生み出されないモノのようで、特に良質の木塊を手に することは大変に難しいらしいです。 
 

古来、中国の歴史においても、主要産地であるベトナムの歴史においても、王侯貴族にのみ許さ 
れた貴重品として認識されてきたようで勿論、我が国においても、舶載されて来る限られた品を一 つ一つ慈しむように評価し、家の宝として末代に伝えるまでの存在になったようです。
       

 いわゆる 御香、香木です。 さまざまな種類の香りがあり 見た目だけで判断すると間違いの元となります。         
手にとってその質感を感じる事によって、はじめてその木塊中に凝縮された天然樹脂の集中力を感じることができると専門家より聞いております。  
 
香りを聞いて楽しむ事と、 視覚的に楽しむ事、味覚的に楽しむ事、その他の五感を使っての楽しみ方もそうですが それらには共通点があるように思います。  
それは、 単一の感覚だけで認識しているのでないと言う事です。
 
つまり嗅覚だけで感じているのではなく視覚や触覚など複合的な情報の取り込み方を知らず知ら ずのうちに行っていると言う事だと思います。         
そして、今取り込んだ情報を、自分自身が今まで得た情報と比較し、もしくは他の人の情報と照らし 合わせて共感する部分、 もしくは違う部分を見つけ出し優劣を感じたり、共有感を持って安心した りして楽しんでいるように感じています。  
 
それらはどうやら、 われわれ人間が生き続けようと感じる為に 必要な行為なのではないでしょうか。         

特に協調して生きていこうとする人々には そういう事が必要なのかも知れません。 ですから身体能力が低く助け合って生きていく事を良しとしている日本では、こういう独特の文化が 途絶えずはぐくまれ、受け継がれてきたのでしょう。 
    

その様に 考えられんないでしょうか?  
 
ただ時代は変わりつつあります。 香りを聞いて楽しむような文化は、このままでは本質の無い、ただのトレンドに形を変えてしまいそうです。       
そして それらが本質の無 い物になってしまった瞬間、そういう文化的な価値観は、影も形も 無くなってしまうかも知れませんね。
 

たぶん、文化的な行為と言う知識欲は、生き残る為に得る知恵(生存欲)とは違い、他の人との比 較する事で生きる目的、或いは生きる喜びを感じ、 生きる事を意識せずその事に熱中する事が出 来る事によって、その事の為に懸命になり、継続しようと思う為に食糧を取る方法を工夫し、食事 を取り、その食事の取り方にもこだわりを持ち、自分自身の存在価値を見出し、結果的に生きてい る喜びを味わっているという 良質な思考循環を行っているのでしょう。 
  

最終的には生き続ける為の欲につながるとは思いますが、 二次的な効力の為に直接生きる事と   結びついている様に 感じられていないのではないでしょうか。 
 

「アートは、生きる為に必要ない!」と認識されている方が殆どだと思います。 
  

私は、アートは生きる為に必要だから形を変え 人間界に存在し続けているのだと考えています。 
  

皆様はどのようにお考えですか?  
 
形を変えてまで 、受け継がれてきたのはなぜでしょうか ?
 
人間界に、 必要だったからではないでしょうか?  
 
必要とされない物は 自然に淘汰されていくと言う事ではないでしょうか?  
 
その反対も真なりで 、今存在する物は 今必要とされている物なのでしょう。        
人間も一つの要素ですから 必要無ければ 消滅の道を歩むのでしょう。
大きな枠組みの中で 、人間は、その大きな枠組みに必要とされないで自らを崩壊していこうとしているのでしょうか? 
 
私は、今だからこそ、 今の方々に伝わる方法で、 今までの経験を活かし本質を探り出し、それを形にして 伝えていく必要があるように思えます。  特に今、世界で協調して生きていこうとする動きが少しでもある今こそ、 人間が生き続ける為に必要な文化の本質を見極め 、わかりやすく伝える 必要が ある様に思います。  
 
その為には 体験してもらう事が必要ですよね 。
 

短絡的に考えると、簡単に、そしてお手軽に体験出来るようにしてしまう事が良策の様ですね。 
 

ただ簡略化しすぎると 本質が なくなってしまいそうです。       
 
バランス、タイミング、順番が 難しい様に感じます。 もっと難しいのは、 言葉や習慣などや価値観が違う事です。その問題に対しては、伝えるというより それぞれの地域、世代、性別が違う事により 、価値観が違う事自体を、まず知る事が、大事かもしれません。
 
それぞれがそれぞれの為に懸命に生きる事は素晴らしい事なのですが、楽しいゲームをしながらその違いが埋まったり、違いに付いて話し合えたり、徐々に皆で建設的な事が出来たり 、互いの気持が 伝わり合えれば素晴らしい未来になると考えています。
 
「聞香」というのは、その様なゲームに おもえます一歩一歩 私なりに トライしていきたいです。
 
皆さん 力を かしてください      !!
 
posted by 徳岡邦夫 at 22:13| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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