2011年01月31日

京都サロン

前回のコラムで、「本当の幸せ」について書かせて頂きました。

本日は、そこに繋がる「学び」のあるご案内となります。

1泊2日特別プログラム「京都サロン<極(きわみ)>」
〜大西清右衛門美術館の見学、京都吉兆嵐山本店での会食、
星のや京都への宿泊等から、特別ゲストと共に日本の文化・伝統を
体験・議論するプログラム〜

このたび、「京都吉兆」は、「星野リゾート株式会社」ならびに
「リブラプラス株式会社」と「大西清右衛門美術館」の協力のもと、
「日本の文化・伝統を解析し、再設計した時、これからの日本の経済や
教育にどう活かしていくか」を目的としたプロジェクト「京都サロン」を
発足することとなりました。
サロン第1弾のプログラムとして、1泊2日の特別プログラム
「京都サロン<極>」参加者の一般公募を本日1月31日より開始します。

普段のご予約では体験できない、プレミアムな内容をご用意しております。
詳細は「京都サロンHPhttp://kyoto-salon.com/にてご確認ください。
特別ゲストと共に、芸術について熱い議論を交わし、自身の学びを高めることと
歴史に触れること、を体験して頂くプログラムとなっております。

是非、ご参加ください!!

【京都サロン<極>の概要】
開催日:3月12日(土)〜13日(日)
・大西清右衛門美術館と工房を見学し、十六代当主大西清右衛門とお茶会
・京都吉兆嵐山本店にて、3代目総料理長による出汁の作り方のレクチャー
・京都吉兆嵐山本店にて、お座敷での夜メニューのお食事
・星のや京都にて、著名人を交えたアルコール・軽食付きの参加者討論会
 (※討論会には各界著名人がゲスト参加いたします。)
・星のや京都にて、ご宿泊
・星のや京都にて、ご朝食
※限定4組8名様で、人数が埋まり次第公募を終了させて頂きます。
※現地集合、現地解散とさせていただきます。
posted by 徳岡邦夫 at 16:31| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月30日

本当の幸せ

就職することへの使命感等は、皆無なのかもしれません。

そこそこで、安定していて、合理的で、楽な職場選び。

そんな職場は、ありません。

その様に見える、職場を選び入社してみたが、当然、違う。

人間が生き続ける事が、どれほど大変な事なのか体験していない事が、問題なんでしょう。
だから、共に助け合うのです。
一人で生きていけないから共に生き様とするのです。

入社したての方々の動向を見ていると、23年で現職を捨て、次から次へ「キャリアアップ」という名の元に、職場を変える傾向が目立つ気がします。

しかし、ゆっくり考えてみて下さい。

情報に踊らされていませんか?

23年で辞めても、実際に得るのは「キャリア」ではありません。
23年間で得られる「キャリア」は、薄っぺらな表面的なものです。
23年で転職すると、
自分自身の信頼を失うだけなのです。
それを続けると、転職先は、なくなります。
本気で、15年20年打ちこみ続けてからの転職とは、ぜんぜん違います。

日本料理の世界では、10年以上同じ職場で様々な経験を多角的に積む事で、物事を深化させる事が出来、腕が磨かれるという考え方が当たり前でした。

焦って何かをやめてしまう時、他人と比べていませんか?
しかし大切なのは、去年の自分と比べ、今の自分が少しでも成長出来ているかどうかではないでしょうか。

私ども京都吉兆には、現在注目されている、「食」を切り口にした、様々なヒントやチャンスがふんだんに隠されています。
その事を、見つけられるかどうかは、本人次第です。

常に考えている方と、そうでない方は、当然違います。

幸せとは、人から与えられるものではないからです。


各界の要人にも多くお越し頂く弊店では、サービススタッフにも質の高い身のこなしが要求されます。その身のこなしは自然に身につくものですが、受け身でいるのではなく、意識しながら実践を重ね、時間をかけなくては無理です。
付け焼場では、ぼろが出ます。

それは、茶道の稽古と良く似ており、言葉やマニュアルでは、到底理解出来るものではないのです。
初めは点だった割り稽古が、線になって所作と言う流れを生み出し、そこに奥行きが出て思想となり意味を成す・・・。
そのプロセスには、時間の存在が必要不可欠です。

サービスの知識や感性だけでは、だめなのです。
いろいろな経験が、人を作り、関係を醸成させて行くのです。

慌ただしく働く中でも、「幸せの本当の意味」について、常に考えなければ上達はないと思います。

成長する時は、誰しも苦しいです。

言い替えてみれば、苦しい時は成長している時なのです。

水準の高いものが周りにあれば、学べる事も水準が高い筈です。そして、結果として水準の高い幸せを得られるのです。

幸せになる事を諦めないで下さい。

京都吉兆は、「本当の幸せ」を手に入れる事を諦めない皆さまと、共に成長出来る事を楽しみにしています。

 
*上記文章は、リクナビブログに掲載したものを、一般的にも読み易いよう、修正させて頂きました。







posted by 徳岡邦夫 at 13:34| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おいしいコラム

1/23〜1/30まで、パリ視察、試食旅行に行ってまいりました!!

大変勉強になり、世界のトレンドを作りだしているパワーを感じました。

詳しくは、「門上武司のおいしいコラム」をご覧くださいませ!!
posted by 徳岡邦夫 at 12:43| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

禅の世界

禅の世界と、私達の日常は、かけ離れた存在なのでしょうか?

碧巌録・八と言う書物の中に「關」(関、カン)と言う一字の禅語が有ります。
唐時代の翠巌令参(すいがんれいさん)禅師が、「私は長い間毎日、皆さんの為にいろいろと説法してきましたが、まだ私の眉毛は有りますか?」と尋ねられました。

これは説法を誤って説いたりすると仏罰がくだり、眉もひげも抜けてしまうと言う経説を借りて、一問を投げかけたのです。

これに対して保福従展(ほふくじゅうてん)禅師は、「盗人はやましい気持ちに、落ち着かないのであろう。」(賊となる人、人虚なり)と言い。

長慶慧稜(ちょうけいえりょう)禅師は「眉毛は大いに生えているよ。」と答え。

最後に雲門文えん(うんもんぶんえん)禅師は、「関」と一言叫んだそうです。

この四禅師は雪峰禅師門下で同窓の為、互いに腹の内まで知り有っていたそうです。

翠巌、保福、長慶の三人が相づちを打っているのを見て、雲門は、三人とも同じ穴のムジナだ、賊と賊と賊だ、みんな奴らは、まかり通さないと「関」という関門を設けたと言うことです。

仏教の経典の伝達では言葉や文字という物は、ちょうど月を示す時の指に等しい物だと言われています。

言わんとすることは、指をどれだけ広大しようが、また伸ばしてみても決して月にはならないし、言葉もどれほど広げようが深く突き詰めても結局、真理にはたどり着けないと言うことです。

それでは言葉というのはどういう意味を持っているかというと、言葉はただ真実を示す、あるいは方向を示すだけの物にしか過ぎないと言うことです。
禅の世界では、そうは言っても言葉で真理を説かなければならないという矛盾があります。
文字や言葉で真実の方向を示していかなければならないのです。

禅の世界では、この事に関して大変苦労をなさっているようです。
先の三人の兄弟弟子の話はこれを、良く表していると思います。

私たちの日常でも、伝えたい思いが有る為に出た言葉が「嘘」となってしまい「虚、きょ」が「虚」を産み、大事な物と、かけ離れた物になったり、
その為に「虚」を積み重ねていかなければならないのなら、その営みや行動、言葉は全て「虚」と言うことになり何の意味もない物となってしまいそうです。

私たちの営みはまさに「虚」なのでしょうか?

「賊となる人、人虚なり」と答える方もいらっしゃるでしょうし、「眉毛は大いに生えているよ。」と答える方もいらっしゃるでしょう。
「關」、皆さんで考える必要が 有るのではないでしょうか?

そおして、皆さんが納得するような「関」(基準)を作り、その基準(関)をクリアー出来るように助け合うシステムを、みなの力で構築する必要が有ると思います。 

それは、科学の世界でも、経営の世界でも、禅の世界でも、家族の日常でも、同じなのではないかと思います。

posted by 徳岡邦夫 at 10:13| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする