多くの方からお言葉を頂いております。
・船場とか京都とか東京とか言っているが、消費者にとってはどこも同じ吉兆だ。
・京都吉兆も責任の一端がある。それに気付かないのは当事者意識がないのでは?
・徳岡邦夫はマスコミで偉そうなことを言っているが、身内の方がダメではないか。
・休業または廃業すべきだ。
など、大変厳しいご意見もありました。
ただ事実として再度ご理解頂きたいと思いますのは、吉兆グループ5社は「吉兆」という名前を共有する以外、完全に別の経営であるということです。
ですので、他の吉兆も船場吉兆と同じ商品を売っているのではないか、同じように偽装をしているのではないか、偽装を知っていて隠していたのではないか、というご批判には当たりません。
一方で、多くの消費者の方にとって「吉兆」の名を掲げる店は、どこであってもそれは「吉兆」である、というご指摘はその通りだと思います。同じ名を冠する企業同士、もっと密な連携を取り、安心と安全が最も大切な「食」というものに対する意識や態勢を共有しておくべきだった…。偽装問題が明らかになって以後、そんな思いは私自身強く抱いております。もちろん船場吉兆の者もすべてにおいて意識が低かったわけではないと思いますが、このような問題を起こした以上、意識と態勢に欠点があったのは事実です。私も、他の吉兆の人間も、その欠点に気付かず、結果として「吉兆」という名前全体に寄せられていた信頼を裏切る結果になりました。
それは私を含め「吉兆」の名を共有する者の、消費者の皆様側からの視点の欠如、すなわち当事者意識の欠如が招いた結果なのかもしれません。
私個人がメディアでさまざまなことを語るのは、一つの思いがあります。一言で言えば、料理人であり、食にかかわっている人間として「社会に対して自分が貢献出来ること」を模索していく中で、メディアで語ることも含まれていたのです。
これまで料理人は自分の店に来て頂いたお客さまにおもてなしをすることがほぼすべての仕事でした。「食」というもの、それを支える一次産業の重要性、そして窮状は、お店でお客さまに料理を通じてお伝えする時に直接お話をするしか方法がありませんでした。
私は、店に来て頂く方はもちろん、それ以外の方々、吉兆のことをご存じない方、食や一次産業に興味もない方にも、この問題について一緒に考える機会を持って頂きたいと思ってきました。その思いの発露の一つの形が、メディアでの活動です。
「食の大切さを語っているのに身内で偽装をして、食への信頼を損ねたじゃないか」というご指摘には、正直お返しする言葉もございません。ただ今後さまざまな形で信頼を回復する活動を続けていくことしか、私に出来ることはないとも考えております。
ここまで書いてきたことは、基本的には私、徳岡邦夫1人の意見です。
船場吉兆を含め、吉兆グループ他4社とは、別会社ですので、正式にこのような話は出来ておりません。
今後、このような話を定期的に話し合い、我々自身の至らなかったところを見つめ直し、将来どうすべきかを話し合って行くべきだと考えております。
対等なポジションでの話合いこそが、健全な環境を産むのだと考えております。
具体的に、公的な偏っていない透明性のある環境を作り出しその場での話合いをする事こそが、健全な環境を生み出す結果に結びつくと考えております。そういう場からは、不健全な要素は、排除されるのだと確信しています。
船場吉兆は、只今、九州農政局の調査を受けている最中です。今後も関係機関のご協力も得ながら問題の原因究明と情報公開に努めることになると思います。
同時に私たち京都吉兆も私たちの思いと進むべき道を探求しながら、こつこつと料理屋として当たり前の事をなし、歩んでいくだけしかないと考えております。
事態の変化が続いていたため、私の考えや思いを伝える事が遅れ、誠に申し訳ございませんでした。
生産者、消費者、すべての皆様に存在価値のある吉兆の姿を目指してこれからも精進してまいる所存です。
2007年11月12日 京都吉兆 徳岡邦夫
