2007年01月15日

「どんど焼き」

「どんど焼き」は7:30に点火しました。 燃えカス無く 綺麗に天高く燃え上がりました。
       
皆さんに 幸 多く在りますように! 晴れやかな青空の中 燃やし始めました。燃やす炎がくるくると舞いすごく綺麗でした。       
信仰心もなく、ただの偶然ですが何か自然の力に 魅せられました。 
       
自然の摂理を信じ(理解し) その中に含まれている人を信じ(理解し)自分を信じて今年も着実に歩んで行こうと私の中に響き渡りました。

藁炭を 門角に盛っておくと厄除けになると言う事で 玄関あたりに 沢山盛っておきました。
門松も一緒に燃やしたのですが門松は、雄松と雌松を対にして飾るのが正式だそうです。

雄松と雌松の飾り方については諸説あるようです。 門外から見て左に雄松、右に雌松との意見が多い様ですね。  ただこれは陰陽和合の考えからすると納得できない所があるように思われます。 古くからの建物の正玄関には南向きが多く、御所や表千家、未生流笹岡家でも同様です。
  
門松は歳神様をお迎えするものですし、歳神様が家内に南面して宿られると考えると(お雛様の右左と同様どちらから見て 左なのかと言う事です。)、玄関の内側の歳神様から見て左(外か見ると右)が太陽ののぼる陽の方角(東)ですから、そちらが雄松となるべきではないでしょうか?
 
人間も自然の一部であり、自然の摂理に沿った学問と考えられている陰陽和合(左=陽=雄、右=陰=雌)の正しい形だと思われます。
 
古文書などに記載されている左右は、本体の左右であり、向かっての左右とは逆転するため、間違えて広がったのかもしれません。 もしくは、お雛様の飾り方も陰 陽和合の京風の飾り方が少なくなり、西洋式の結婚式に感化された関東風の飾り方が、一般的となったように、時代とともに変わっていったのかもしれません。 

ちなみに、葉先がかたくてちくちくと痛いクロマツは、猛々しい雄松に例えら れ、葉先がやわらかくて痛くないアカマツは優しい雌松に例えられます。
 私共では、門が南向きになっており門の外から見て右に雄松を飾る習慣になっています。

posted by 徳岡邦夫 at 20:54| コラム

2007年01月13日

松の内。

1/11は、表千家さんの初釜に参加させて頂きました。
お家元が、お客様全員の濃茶を御自分で、すべて点てていただけることが何よりの御馳走でした。
緊張!!
点心席では、お家元はじめ、皆様、気さくにしていただき、緊張と緩和の中に、明日からの活力、意欲を頂きました。
感謝!!
 


元旦の大正月に対して、十五日を小正月と呼びます。        

 
これは満月の日をつき始めとする原初的な暦の名残と言われています。   
この日、三本松と青竹を組み立てて、中に注連縄や門松などの正月飾りを入れて燃やす行事を「どんと」と言い神社や各家々で行われています。  
 
古くは正月遊技に使用された毬杖(ぎちょう)という長柄の槌を青竹と組んで焼いたので、三毬杖とも書くらしいです。
 
「徒然草」には、「さぎちゃうは、諸月の打ちたる毬杖を、真言院より神泉苑へだして、焼きあぐるなり」と書かれています。
 
この火で書き初めを燃やすことを吉書揚げ(きっしょあげ)と言うらしいです。        
その燃えさしが高く舞い上がれば書道が上達すると言い伝えられている様です。        
 
またこの火で焼いたお餅を食べると、病気にかからないと言う言い伝えも在るそうです。   
 

京都吉兆では1/15の7:30から嵐山店に全店の注連縄を集めて 点火してみます。  
       

15年来、私の担当になっており 毎年の商売の運勢を占ってきました。 
 私本人は、全く信じていません。        
 燃えかすが残らぬように綺麗な灰になると運勢が良いらしいのですが今年はどうでしょうね!! 
 
こつは、はじめに綺麗にほぐすところにあります 。       
燃やしているときは隅々まで綺麗に酸素が行き渡っているかを気に掛る事は、もちろん火の粉が舞う原因を状況判断しながら かなり大きな炎になるのでその熱で 周りに支障ない様 水をまきながら遂行することが大事です 。
 
もしかしたら商売と似ているかも・・・ ?     
 
posted by 徳岡邦夫 at 20:13| コラム

2007年01月03日

おせち。

お正月の行事は生命再生の性格が強い様に思います。
 
特に元日は年の初めを祝い1年の無事を歳神様にお祈りする日です。
そして祝いの膳に並ぶのが「お節料理」で、無病息災、子孫繁栄などの願いを込めた料理が重箱に詰められています。
 

「おせち」は「御節供(おせちく)」の略語で今は正月料理だけを指しますが、元々は元日をはじめ1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうみ)、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽などの節句に神前へのお供えものと祝い料理を指しているようです。
 

伝統日本料理の代表ともいえるお節料理は、案外に歴史は新しく江戸後期から始まった様です。
       

もともと新しい歳神様に料理を供えるという平安時代の宮廷で節供に供せられた料理から始まったものですが、その宮中のしきたりを江戸庶民が粋なユーモアからさまざまな願いを食べ物の形や名前の語呂合せにした料理で祝うという食文化に発展させました。 定番の料理にはそれぞれ縁起のいい意味が付けられています。  
       

黒豆は「まめに暮らせるように」、鯛は「めでたい」、数の子は「子孫繁栄」、昆布は「喜ぶ」、伊達巻は「晴れやかさと華やかさ」、田作り(ごまめ)は、田んぼの肥料に用いられていたことから「豊年豊作祈願」、紅白カマボコは「慶事の色で魔よけの紅と清浄の白」、たたきごぼうは「細く長く大地に根が張る」、慈姑(くわい)は「目がでてめでたい」、海老は「腰が曲がるまで長寿」などです。
 

おせちの素材は地方によって異なりますが、根菜類、果菜類、茎葉類、魚介類、菌類、藻類など、あらゆるグループから選ばれた30品目を越える食材の多さこそが特徴であり、さまざまな栄養をバランス良く摂ることの出来る健康メニューと考える方が適当かも知れません。
 
 おせちこそ元旦に一年の健康を願う うってつけの薬膳といえるでしょう。
 
posted by 徳岡邦夫 at 15:40| コラム

2007年01月02日

賀正。

あけましておめでとうございます。
本年も、御指導ご鞭撻 宜しくお願い致します。
 
お屠蘇を飲む習わしが日本に入ってきたのは、嵯峨天皇の頃(9世紀初め)だそうで 今も家族の長寿を祝って飲むお宅もあると思います。
 
聞いた話ですと、飲み方は、まず一つの杯で一番年少の者から順々に年長者へまわして飲んでいくそうです。これには年少者の若い気を年長者に与える意味があるそうです。
 
その他に年長者から年少者にまわしていくと先細りになるため縁起が悪いので年少者から飲むという説もあります。


作り方にはいろいろあるようですが、白ジュツ、桔梗、山椒、肉桂、大黄、鳥頭、サルトリイバラ、防風を細かく刻み定量を紺色の袋に入れて大晦日の正午に井戸の底につかないように水中に吊るすそうです。

 
これを元日の早朝に井戸から取り出して温めた3升のお酒に浸したものをお屠蘇と言うのだそうです。正月三が日は毎朝飲み、残滓はあとで井戸に入れる。
 
一人飲めば一家が無病、一家が飲めば一つの里が恙無い。
 

一年中その井戸水を飲んでいると、代々病気をしないともいわれています。 つまり元日の朝に飲む事でその1年を大事にしているということでしょうね。 
     

posted by 徳岡邦夫 at 21:00| コラム