2006年04月21日

テーブルマジックショー

以前、友人の自宅にて、テーブルマジックショーを見させて頂きました。
不思議・不思議の連続でした。
ショーの後、 マジシャンの方を含め、お酒がすすみいいろいろな話になりました。
そのいろいろな話の中で私が感じた事は、手品には必ず「タネ」が有ると言う事です。
人の思い込みや 視野の狭さ、に気づかされました。 同時に自然な所作の中に「タネ」が有るのではないかと思うようになりました。

タネ明かしはして頂けなかったのですが、そんな事を思いました。

そして私たちが日常やビジネス、料理の世界でしっかり見ているつもりの物は、本当に事実を見ているのかが分からなくなってきました。
全てが、目の錯覚や思い込みの世界ですよね!!

ある一部分だけしか見えていなモノを真実と感じています。 全体を見通す事など不可能なようにも感じます。
そういう中にいて 自分一人だけの決断がどんなに不適当な物なのかと言う事に改めて気づかされました。

そこで大事な物は、コミュニケーション です。

それを出来る能力とそこで結論を出せる能力と実行しその後の責任を取ろうとする意志とその事を次の結果に結びつけようとし、出来る事が大事なように思います。

マジックて面白い!!

江戸時代から日本にあったそうですよ!!

「品玉(しなだま)」は、弄玉・支那玉・志な玉・しな玉・品玉、とも呼ばれ、最初は曲芸の綾とりの芸をさしたものだった様です。

それが、江戸中期には手練技の手品「お椀と玉」を指すようになり、それが、江戸中期から後期にかけて、手品の名称として「品玉」と呼ばれるようになったのだそうです。

伏せたお椀の間を、布製の小玉が変幻自在するところに、不思議な面白さがあります。
目にもとまらぬ早さで行きかうお手玉の現象が、「綾とり」の演技を連想させたものと推測されているそうです。
いかにも昔の手品らしいひびきがあります。

『さて、このたびは三つのお椀と三つのお手玉を使いましての手品でございます。鹿(か)の子のお手玉は扇面の風におくられまして変幻自在、早い手玉や品玉の、品よくかよう綾(あや)だすき、かけて思いの鹿の子玉、あけてくやしき玉手箱、お囃子にのりまして、品玉の手品、まずはお椀のあらためからでございます…』 前口上に続いて、お囃子にのって操る日本古来のお座敷手品「お椀と玉」は、欧米では「CUP AND BALL」と呼ばれ、その源は紀元前までさかのぼることができるそうです。

世界で最も古い奇術の一つといわれ、発祥の地には諸説がありますが東洋(中近東を含む)に起り世界中にひろがったものと考えられています。
日本に伝えられている「お椀と玉」は、インドを源にして中国に伝えられそれが仏教の伝来と相前後して日本に渡ってきたといわれているそうです。  

遠く貞観三年(861年)の「三代実録」に弄玉(しなだま)、康平元年(1058年)の「新猿楽記」(1058年)や「看聞御記」の嘉吉元年(1441年)の条に、弄玉の語が記されていると言う事です。

当初は、毬や撥、鎌などを宙へ投げてお手玉のようにする曲取り(綾とり)だったようです。

それが、手品の品玉になったのは、いつ頃であるか、はっきりしませんが、「お椀と玉」を「品玉」と称されるようになったのは、江戸中期に、初めて伝授書に解説されている様です。

明和元年(1764年)の「放下釜(ほうかせん)」。次いで、安政八年(1779年)の「天狗通」です。いづれも、平瀬輔世の著と言う事です。

元来、「お椀と玉」は、大道で莚(むしろ)を敷き、その上で直に演じていました。それが、江戸中期にはお座敷芸と変わっていったのです。「放下釜」の中で「しな玉の術」として、その秘技を詳しく解説されていると言う事です。

どの道も奥が深そうです。

手品の世界を調べているうちに私が感じたことは、どのジャンルでも、人が遣り甲斐を感じ 競争をし 深めていき 次の時代に伝えようとします。
なぜでしょう?

そうしないと人は、生き続けて行く意欲が無くなるからなのでしょうか?
自分自身の存在価値をそこに見出しているのでしょうか?
ただ生かされているだけなのでしょうか? だれに?神が存在するのですか?「神」と言うのは、人間が作り出したものだと考えています。そして神の存在は、人間にとって必要な存在なのだとも感じています。

不思議な世界に入ってしまいました。



目に見えないものは、信じない!必要ない!と言う方もいますが、目に見えない物の中に、共に生きていくために、必要なこともあるように感じています。

神の存在もそうかもしれませんが、人の思いと言うものが、一番大切にしなくてはいけないモノなのではないかと感じ、考えています。

私としては、人に提案するだけではなく、今を一生懸命、自分のスタンスで出来る限りの事を 、先入観にとらわねぬ様にしっかり本質を見つめ、皆さんに相談しながら実行していきます。
懸命に生き続けます。
そして、その事が他の方々にも喜んで頂ける形でなければ、続けていけないのでしょう。

マジックという場所は、不思議で巧みで美しい時間を体験できる所であると同時に、人の妙、世の中の妙を改めて考え直すきっかけを与えてくれる空間でもある様です。
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム

2006年04月19日

嵐山の桜もほぼ散ろうとしています。(私共の紅枝垂れは、満開ですが。。。)

しかし嵐山は今こそ華やかです。 木々の一葉一葉に 生命エネルギーを感じる頃新緑が萌えています。 山並が燃えています。

楓は秋の紅葉も鮮やかですしかし新緑こそがもっとも華やかなのではないでしょうか?
冬の眠りから目覚めたさわやかな爽快感に満ちています。

新緑と紅葉・・・ いずれにしても四季のわずかな間の饗宴です。

春夏秋冬と言うことだけではなく多様な季節の移り変わりをこの健全な循環を全身で感じてみましょう!!

嵐山は最適の場所です。

川があり船を浮かべ花柳界の方たちと王朝の雅へタイムトリップ出来ます。

桜が咲いている時は人混みでそれどころではないですが、今はまさにチャンス!!

私自身は、桜より紅葉より此の時が一番好きです。
学生の頃川の向こうから間近に迫って来る山のエネルギーに感動して不覚にも涙が・・・・。

此の勢いが有るときは本当に短いです。 お急ぎ下さい。今年の場合4月いっぱいかも?
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム

特定非営利活動法人「スクールデザインネット」

次の世代を担う子どもたちの世界をよりよいものにするために、特定非営利活動法人「スクールデザインネット 」の運営を手伝う事になりました。

理事という事で、役目を果たして行きたいと思っております。
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム

2006年04月18日

タンパク質が固まる(凝固する)とはどういう事でしょうか?

まず、タンパク質と言うものは、アミノ酸がじゅじゅ玉のように連結してできた高分子で、通常、特別な立体構造を保っていると教えて頂きました。

立体構造を保つ力はアミノ酸とアミノ酸の間に働く水素結合という力が働いているから保っているそうです。

熱を加えていくと水素結合が切断されるそうです。水素結合が切断されると立体構造が崩れて行くと、理解する事がよさそうです。この立体構造の変形をタンパク質の変性と言うそうです。

変性によってタンパク質の立体構造が崩れると、高分子の内部に折りたたまれていた部分が表面に露出し、このような部分は水との親和性が低いので、この部分を介してタンパク質同士がくっつきあって凝集していくそうです。

これが凝固(固まる)という現象なんだそういです。

どのような温度で立体構造が崩れだすかはタンパク質によって異なるそうです。また、タンパク質を変性させる力は熱だけではない。酸やアルカリ、濃い塩や金属イオンもタンパク質を変性させるそうです。

レモン(酸)と牛乳を混ぜると、牛乳のタンパク質が凝固し、豆腐はにがり(マグネシウムイオン)で凝集する。チーズの凝集はレンネットという酵素による立体構造の変化であると聞きました。

さて、卵の凝固については、意外と複雑だそうです。
白身の主成分は卵白アルブミンというタンパク質で、卵白アルブミンを凝固させるには、75度〜78度(以上)の高温を加える必要があると言う事です。この温度では卵黄たんぱく質も完全に凝固するので、卵は固ゆでになります。

卵を60度〜65度くらいの温度で保持すると、まだ卵白アルブミンは凝固しないが、卵白に含まれるトランスフェリンというタンパク質が凝固する。すると卵白は部分的にゆるくゲル状になった(葛湯みたいな感じ)状態となります。この状態ではまだ卵黄は固まらないです。ここからさらに温度をあげて、65度〜70度の間で保持すると卵黄が凝固しはじめます。これがいわゆる温泉卵の状態です。

しかし、この状態ではまだ卵白アルブミンは凝固していないのです。これを固ゆで状態にするには最初に述べたように80度近い温度が必要となります。

違った方法で、卵黄をしょう油に入れて半日ぐらい置くと、温泉玉子の黄身の様にプルンと固まります。
その変化については、恐らくしょう油の塩による卵黄タンパク質の凝固ではないかと思われます。思うというのは、実際に調べたわけではないからです。因みに、卵はそれ自体が一個の細胞なので、卵黄、卵白といった構成成分の変化は浸透圧とは関係ない。というのも、浸透圧は細胞がまるごと保持されているとき関係するからです。

タンパク質の凝固 黄身:65度〜70度 白身:75度〜78度(ただし、白身のうちトランスフェリンというタンパク質を固めるには60度〜65度)
いろんな、料理に応用できますよ!!

茶碗蒸にも、玉子は、黄身と白身の2種類と言う見方ではなく、3種類の蛋白質から出来ているものと考える事で、違ったものになってきます。

お試しあれ!!
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2006年04月11日

洞山守初(とうざんしゆしょ)

禅僧、雲門禅師の弟子、洞山守初(とうざんしゆしょ910〜990年)が、ある僧から、「仏とはどんなモノでしょうか?」と尋ねられた時に、「麻、三斤だよ」と答えたという話があります。

「仏=麻三斤」と言う事が現代では、通用する訳がありません。
麻三斤とは、その当時きわめて高価なモノです。しかし、重量的には軽いモノでしょう。

仏様をそういうモノにたとえると言う事はどういう事でしょうか?
禅宗の世界では、そのような表現をするようですが・・・・・?

その禅語が、意味する事は何でしょうか?

禅宗の世界で、たとえ仏が麻三斤であるとしても、それが直ちに禅は凡神論であるとか、唯物論であるなどと言うことでは無い様に思います。

つまり、自然を霊的な存在とみて大きな木があれば、『そこへは神様が降りてこられる』という風に思たり、 山があれば『あの山の奥には我々の知らない優れた神々がすんでおられる』という風に思たりあらゆるところが全部神の世界でありその神の世界の中に人間の生活がある、という、そういう凡神論的な物であるとか。

それに対して、物質が第一次的で、精神・意識は第二次的であり、物質としての世界は時間的にも空間的にも永遠で無限だとし、なんら神というようなものによって創造されたのでなく、それ自体で存在し、精神・意識といわれるものは物質にもとづいて成立すると説きたいのでもないのでしょう。

「仏の存在とはいったいどういう事を意味するのか?」と言うことをここで問われている様に思います。

無門はこれについて次のように歌ってます。
「来説是非者、便是是非者」(「あれはよくて是は悪い。あれはあれ、これはこれ」などと価値判断をするのは、とりもなおさず、その当人が相対的な価値しか持たない人間だからだ) つまり是非善悪をあれこれと説く人こそ、是非善悪の相対界に陥っている人ですよと言うことらしいです。

仏の存在など気にせず、無心で懸命に生きろ!!と言う事なのかな?

私が思うに 、仏教徒にとって仏とは何かと言うことは根本的問題だと思います。

もともと何故仏教に関心を持ったか、仏教とは何を与えてくれるモノのか、仏って何?

根本的には人間は弱くその弱さに対応する為にこういう考え方が生まれ育まれたように思います。
それがたくさんの人々に対応できるよう求められ偶像を作り上げる事によってたくさんの人々への対応が可能になりその環境に適用した考え方に進化(変化、適用)して今日に至っているのではないでしょうか。

その根本にあるモノは、もともと何かに依存するのではなく 自分自身のすばらしさを信じて大事にする事そのすばらしさをその環境の為に使うことにおいてそれはもっと輝くと言うことだと思います。

他を否定するだけならそこからは、負のエネルギーしか生まれないようにも思います。

否定するのではなく共生する為に提案する事がプラスのエネルギーを生むのだと思います。
又、自由とか教育と言う概念を説明するのではなく 私自身が徐々に実行に移していきたいと思っています。

人の所為にして責任逃れしたって、それだけの事です。


自分自身を信じて、この環境の中で懸命に生き続けていたいと思います。

「麻三斤」と言う禅語が 遠巻きに禅的に伝えたい事を言葉で表現するなら、「仏は貴方の廻りにあるお手本になる存在でも有りますが貴方自身ですよ。」と言うことになるのでしょうか。

「庭前の柏樹」と言う禅語であれ、「乾いた糞かき箆」と言う意味の禅語にもおなじ思いが含まれているように思います。
あがめ奉る事をも切り捨てているようです。
「愛」や「恋」も同じような事が言えるかも知れません。

外に求めるモノではないのです。
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム

2006年04月08日

お墓参りの習慣

4/7は、湯木貞一の命日でした。

ここ数年参加できていませんが、湯木貞一が健在な頃から親族が集まり、恒例のお墓まいりに行ってました。

湯木貞一の子供、孫、ひ孫が集まり、先祖の墓、湯木家の墓、湯木家とゆかりの墓などを、たわしでゴシゴシ磨き上げ、草抜きし、お花、お線香、はすの葉にお菓子、お酒をお供えし、お経を読み上げます。
私たち孫の思い出として、物心のつく小学校ぐらいから続いている行事です。
その後、皆で、ロイヤル吉兆さんで食事でした。

貞一翁没後の習慣では、食事の際には、湯木貞一がしていたように、フルコース食べてから、すき焼きをして湯木貞一を偲んで食べます。

お墓参りと言う習慣は、親族が集まることに意味があるように思います。直接会ってお話しするという事は、たくさんの情報を交信できます。そこで、勇気をもらったり、信用を再確認できたりするのだと思います。

地域活動にもこういう習慣がありましたが、だんだんなくなっているのは寂しい事です。
posted by 徳岡邦夫 at 10:00| コラム

2006年04月04日

サイト上で執筆することになりました

Yahoo社のシニア向け新サイト・プロジェクトに際しまして、「Yahoo!セカンドライフ」というテーマにて、一年間、サイト上で執筆することになりました。

そのサイト がオープンいたしましたので紹介させて頂きます。

私自身の年間テーマは、

4月筍について、
5月器について、
6月生きる力、
7月祇園について、
8月夏野菜について、
9月「をかし」、
10月松茸について、
11月蟹について、
12月「よばなし」と言う茶事、
1月「あいかわりませず」という挨拶、
2月礼儀作法、
3月京都吉兆の秘伝

変更するかもしれません。

是非、のぞいてみてくださいね!!
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム

2006年04月03日

「貧乏花見」と言う落語があります。

花が咲いたら誰しもそれを楽しみたいと思う物どん底の貧乏長屋の連中も思いは同じようです。

東京の「長屋の花見」のように家主が音頭を取るのではなく、上方では自主的な発案制のようです。

酒と肴は各自で持ち寄りと決まりましたが何せ本物には縁のない連中ばかり。集まった物は、酒の代わりに番茶の瓶詰め、茶碗に入れると酒柱が立ったりします。かまぼこには釜底二枚、おからで出来たサワラの子、たくわんの卵焼き・・・・・・・・・。

それでも花は、平等、誰の目にも美しく咲いています。

気を気で養う(互いに気遣い合い、そして作り上げた)花見こそ本当の風流なのかも知れませんね。
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム

2006年04月02日

第一印象

初めて出会ったころは何の感情も生まれてこなかった人やモノでも、接触を繰り返しているうちに、いつのまにかその人やモノを好きになってしまうことがあります。

人間で言いますと相手の人格や家庭環境、地位などを一切知らなくても、単に何度も会う、声を聞く、顔を見るだけでその人に対して好意的な感情が生まれ ます。

こういった現象を「単純接触の原理」と言うそうです。

友人関係が成立したきっかけを聞いてみますと、学校の入学式や社会人での勉 強会・研究会でたまたま隣に座ったのが縁で、という答えが返ってくることが あります。

また、テレビコマーシャル放映もこの原理ですね。

実際には商品の品質や企業の優良性が保証されるのではなく、商品やサービスの説明、企業への親しみやすさを持っていただくことが目的となります。

この「単純接触の原理」は実際のところ会えば会うほど必ず相手が好印象を持 ってくれるとは限りません。

この原理が成り立つのは第一印象が肯定的か中立 的の時だそうです。

ですから初対面に否定的な印象を持たれてしまったら逆に 会えば会うほど嫌われてしまう可能性があるわけです。

相手と親しくなれるかどうかの決め手は第一印象が大きく作用するわけですね。

お世話になった人だけでなく、少し距離のできた人にもパワフ ルに好印象でたくさんの方々にどんどん接触をして、より良い関係を作っていけると 良いですね!!
posted by 徳岡邦夫 at 00:00| コラム